🎨絵が描けないのは想像力が無いからじゃなかった

2.世界の前提を問い直す

「自由に描いていい」って、一番むずかしい。

図工の時間。
先生が言った。

「今日は自由に描いていいよ〜」

……え、自由にって、どういうこと?

当時の私は小5。
真面目で、先生の顔色を読むのが得意な“空気感プロ”だった。
「好きな絵を描いていい」と言われた瞬間、
脳内のWi-Fiがぷつんと切れた。

何を描けば正解なの?
可愛い? かっこいい? それとも風景?

時間だけが過ぎ、焦った私はノートの表紙を見て、
ファンシーなイラストを模写した。
「これなら怒られない。可愛いし無難だし。」

……が。

審査員の子に一言、

「写し絵っぽい。怪しい。」

……うそでしょ。
胸がぎゅっと縮んだ。
咄嗟に「違うよ!」と嘘をついた。
でもあの時の自分の心の声は、
たぶんこう言ってた。

「違うの。描けなかっただけなんだ。」

今思えば、あの“自由に描いていい”は、
受信型の私にとって最大の難問だった。
外の指針がないと、どこに筆を置けばいいかわからない。
空気がない宇宙で泳ごうとした魚、みたいなもの。

でもね、今なら笑って言える。

私、写し絵じゃなくて、“世界の光を受信”してただけだったんだ。

abawota的に言うなら、
あれは「実験の初期データ」だった。
“自由に”と言われて混乱するタイプが、
のちに「受信型」として進化するなんて、誰が想像しただろう。

だから今も、自由に描けと言われたら困るけど、
ふっと降りて来たことを表現するのは得意。
あの時の失敗が、今のawabota実験の原点かもしれない。

今日の学び:

“自由”って、上手に描くことじゃなくて、

「感じたままを出しても、笑って生きられること」

 

(受信型の話はこちらから)

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