このテーマは、
努力や根性の話にされがちだ。
「体力をつけろ」
「慣れればできる」
「みんな同じ条件だ」
でも定点から見ると、
生きづらさの正体は
個人の問題ではなく、構造の側にある。
起きている事実(観測)
• 体調に波があり、連続勤務が難しい
• 週5日・8時間労働を前提にすると消耗が激しい
• 休むと評価や収入が一気に下がる
結果として、
「働けない」よりも先に
「立つ場所がない」感覚が生まれる。
これは甘えではなく、
構造上の摩擦だ。
これまで置かれていた前提
多くの制度や職場は、
暗黙にこうした前提を持っている。
• 安定した体力がある
• 毎週ほぼ同じ稼働ができる
• 週5日働けるのが標準
この前提は、
高度成長期や大量雇用の時代には
合理的だった。
ただし、
身体条件の個体差は
ほとんど考慮されていない。
前提が合わないと何が起きるか
前提が合わない人は、
能力や意欲とは別のところで
不利になる。
• 成果があっても継続性で評価されにくい
• 体調不良=責任感がないと解釈される
• 働けない期間が「空白」として扱われる
つまり、
働き方ではなく、存在の置き場が失われる。
問題は「弱さ」ではない
重要なのはここだ。
身体が弱いこと自体が
生きづらさを生むのではない。
身体が安定していることを
前提に作られた構造の中に、
そのまま入れようとすること
これが摩擦を生む。
定点から見た整理
この構造は、
個人の努力で解決しにくい。
なぜなら、
評価・制度・報酬の設計が
稼働量ベースでできているからだ。
• 時間
• 出勤日数
• 連続性
これらが「信用」の代わりになっている。
身体条件が不安定な人は、
信用の証明コストが過剰になる。
少し違う位置から見ると
もし立ち位置を変えると、
見え方が変わる。
• 稼働量ではなく、判断や設計で関わる
• 連続性ではなく、断続性を前提にする
• 労働ではなく、構造側に回る
これは「逃げ」ではない。
前提を合わせ直す行為だ。
個人の話に閉じない
この構造は、
身体が弱い人だけの問題ではない。
• 介護
• 育児
• 精神的な波
• 年齢による変化
誰でも、
いつか週5日が重くなる側に回る。
最後に
生きづらさは、
能力の欠如ではなく、
前提不一致から生まれることが多い。
身体を変える前に、
立ち位置と前提を
一度、見直す余地がある。
余白
もし今、
「自分がダメだから続かない」
そう感じているなら。
それは、
入っている構造が合っていないだけ
かもしれない。
判断を急がず、
どこに立っているかを
静かに見直す段階に来ている
※
前提条件と立ち位置を、
本人の言葉で確認する
ことが出来ます。

収入の問題を、能力ではなく「構造と立ち位置」から見続けています。

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