漫画が描けなかった理由は才能じゃなかった|合わない環境に気づいた話

4.創造と遊び

ずっと「自分がダメだから」だと思っていた

漫画が思うように描けなかった時期が、長くありました。
描くのは好きなのに、進まない。
完成度にも納得がいかない。
描くスピードも遅い。

そのたびに、
「努力が足りないんだろうな」
「もっと根性があれば」
と、原因を自分の中に探していました。

上手い人の原稿や、完成度の高い作品を見るたびに、
「自分はここまで辿り着けないんじゃないか」
そんなふうに落ち込むことも、正直よくありました。

全国大会レベルを、基礎体力ゼロで目指していた

今振り返って思うのは、
当時の私はかなり無理な前提で漫画に向き合っていた、ということです。

たとえるなら、
基礎体力のトレーニングをほとんどしていない状態で、
いきなり全国大会に出ようとしていたようなもの。

しかもその横で、
日常や仕事でエネルギーを消耗し続けていました。

冷静に考えれば、うまくいかなくて当然です。
でも当時はそれが見えず、
「できない=自分がダメ」という式だけが、頭の中にありました。

描けなかった原因は、才能じゃなく“環境”だった

最近になって、はっきり気づいたことがあります。

漫画が描けなかった理由は、
才能や覚悟の問題ではなく、
集中も回復もできない環境に長く身を置いていたことでした。

合わない働き方の中で、
常に気を張り、疲れを引きずったまま創作に向かう。

それを
「社会人なんだから普通」
「みんなやっていること」
と思い込んでいました。

でも、今ならわかります。
それは“普通”ではあっても、
私の創作には合っていなかった。

合わない働き方から距離を取って起きた、静かな変化

合わない環境から少し距離を取ってみて、
最初に起きた変化は、とても地味なものでした。

いきなり絵が上手くなったわけでも、
スピードが劇的に上がったわけでもありません。

でも、ひとつだけ大きく変わったのは、
焦りが消えたこと。

以前なら見返すのがつらかった過去の絵を、
感情抜きで見られるようになりました。

「下手だな」ではなく、
「今ならここはこう描ける」
「ここは資料を見ながらゆっくり描く」
と、冷静に分析できる。

これは、私にとってはかなり大きな変化でした。

今ならわかる、「楽しい修行」が必要だった理由

思えば、
「早く形にしたい」
「とにかく描きたい」
という思いが強くて、基礎を置き去りにしていた。

それが悪かったとは思っていません。
その時なりに、必死だったから。

でも今は、
数年かかってもいいから、
基礎から地道に積み上げたい、と思えています。

焦りがなくなったことで、
トレーニングそのものが苦行ではなくなりました。

楽しさの中に、ちゃんと修行要素がある活動。それを「疲れてない」状態で続けられること。
それが、今の私には必要だったんだと思います。

環境を変える=逃げ、ではなかった

以前は、
「環境を変えるのは逃げなんじゃないか」
「我慢できない自分が弱いんじゃないか」
と思っていました。

でも今は、そうは思いません。

自分のタイプを理解して、
合わない場所から距離を取ることは、
逃げではなく調整でした。

やっと、
「ちゃんと修行が始められた」
そんな感覚があります。

もし今、自分を責めている人がいたら

もし今、
「できないのは自分のせいだ」
と責めている人がいたら。

少しだけ、
環境という視点を加えてみてほしいなと思います。

今すぐ何かを辞めなくてもいい。
大きく変えなくてもいい。

でも、
「ここは本当に合っているかな?」
と立ち止まるだけでも、
見えるものは変わるかもしれません。

才能や努力の前に、
安心して向き合える場所が必要な人も、確かにいます。

少なくとも、私はそうでした。

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