自分の構造を、一度だけ確認した記憶

Cred Layer|定点観測

meiha seedを受ける前にあった、うまく言えない違和感

何かが足りない、というより、
何かが噛み合っていない感じが続いていた。

大きな不安があるわけでもない。
生活が崩れているわけでもない。
それでも、判断のたびに、わずかな迷いが残る。

「これでいいはず」と思って進んでいるのに、
どこかで自分の足場が脆い感覚があった。

「方向はきっとそんなに外れてない。でもイマイチ上手く行かないのは、私の努力が足りないのかも知れない」

そんな風に思えたけど、それはきっと多くの人が抱えていて、外に出すものでもないのだろう。
だから、その違和感は、あまり言葉にしないまま置いていた。

受けたときの印象

meiha seedを受けたとき、
最初に感じたのは「答えを渡されなかった」ということだった。

何かを断定されることも、
方向性を示されることもない。

代わりにあったのは、
自分の構造を、少し離れた場所から見ているような感覚。

「こうすべき」「こうなれる」という話ではなく、
「私はこういう構造で、今ここに立っている」という確認に近かった。

それは診断というより、
観測結果をそっと置かれた、という印象に近い。

受けたあとに残った感覚

変化は、とても小さい。

何かを始めたわけでも、
考え方を大きく変えたわけでもない。

ただ、判断の前に、
一瞬立ち戻る場所ができた。

迷ったときに、
もう、外の正解を探しに行かなくても、
「自分の構造はここだった」と思い出せる。

それだけで、
不安の質が少し変わった気がした。

そして、時間が経つにつれ、足場がしっかりと変化したと感じられた。

今、振り返って分かること

meiha seedは、
未来を示すものではなかった。

でも、未来が見えないときに、
戻ってこれる場所を残してくれた。

それが「すごい」と感じた理由も、
人に説明しづらい理由も、たぶん同じだと思う。

何かを信じさせるものではなく、
何かを始めさせるものでもない。

ただ、
自分がどこに立っているかを、
一度だけ確かめた記憶が残る。

それが、今も静かに効いている。

未来に対して、不安がある。

自分の構造と立ち位置を
一度だけ確認する、
という選択肢もあります。

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