「頑張っても実績が積み上がらない」「いつまで経っても報われない」。
そんな感覚を抱えたまま生きてきた氷河期世代の私たち。
私自身はそれに加えて〝発達障害〟の診断も下り、積み上がらない感覚もその特徴なんだとかつて知りました。
でも今思うとそれはもしかすると、“発達障害”のせいではなく、
「自分を褒める文化がなかった」だけなのかもしれません。
今回は、あるセラピストの言葉から気づいた“心の積み上げ方”について書きます。
怒られ続けてきた氷河期世代たち
私たち氷河期世代は、「怒られて当たり前」の時代を生きてきました。
失敗すれば叱られ、成功しても「出来て当たり前」「もっと頑張れ」と言われる。
それが日常で、誉められるよりも“ダメ出し”されることのほうが多かったと思います。
その環境で鍛えられ、忍耐や責任感を育てた人も多いでしょう。
でも同時に、心の奥ではこう感じていた人も少なくないはずです。
「このままの自分ではいけない」
「いつになったら認められるのだろう」
「頑張っても満たされない。生きるのがしんどい」
「出来て当たり前」教育がもたらした“空白”
私自身もまさにそうで、うまく立ち回れず失敗が続いた時期に、心療内科を受診したことがあります。
そして「発達障害」と診断されました。
けれど最近、ある40代のセラピストさんの言葉に、ハッとさせられたんです。
「私たちの世代は、自分を褒める習慣がない人が本当に多いんです。
そういう教育を受けてこなかったから」
「だから“やってもやっても積み上がらない感覚”が残るんですよね」
その瞬間、心の奥で何かがほどけるような感覚がありました。
――もしかして私が感じてきた“空白”は、障害のせいではなく、
「自分を認める文化がなかった」だけなのかもしれない、と。
“出来て当たり前”を、“出来てよかった”に変える
思い返せば、
朝起きた、歯を磨いた、茶碗を洗った——
そんな日常の小さなことを「私えらい!」と感じる余裕はありませんでした。
いつも次の「もっと頑張らなきゃ」に意識が向いていたから。
けれど最近は、少しずつ変わってきた気がします。
どんな小さなことでも「ちゃんと出来た」「今日もよくやった」と、
その都度、自分を労(ねぎら)えるようになりました。
不思議と、それだけで一日の充実感が違う。
心の中に静かな“積み上がり”が感じられるようになったんです。
「在り方」が未来を変える
私たちの世代が取り戻すべきなのは、「出来ること」よりも「在り方」なのかもしれません。
がむしゃらに頑張るよりも、今ここにいる自分を優しく見つめること。
誰かに褒められなくても、自分が自分を肯定できたなら、それだけで波動が変わる。
最近、本当に思うのです。
目には見えなくても、波動は確かに存在する。
そしてその波動は、心の在り方ひとつで未来を静かに変えていくのだと。
✨今日のまとめ
「積み上がらない感覚」は、努力が足りないせいでも、発達障害のせいでもない。
ただ、“自分を褒める文化”を知らなかっただけ。
これからは、どんな小さなことでも「出来た私、えらい」と言ってあげよう。
その一言が、あなたの未来を静かに変えていくから。

元音楽教員。現在は「awabota」というコミュニティで、お金と自由な時間を同軸で作る仕組みを実践中。頑張ることをやめた方がお金がまわる。それを体感しています。
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