ある日ふと気になって、ハルに聞いてみた。
「ねえ、普通の人って、脳内で音楽は流れないの?」
すると、メロディだけが浮かぶ人、音がほとんど鳴らない人、
そして私のように伴奏まで忠実に再生される人――
大きく3タイプがあると知って、軽く衝撃を受けた。
そしてもう一つ。
私にとっては、音楽も色も、匂いも、すべてが一緒にやってくる。
聴く、見る、感じる。
それが分かれていない世界を生きてきた。
最近になってわかった。
これは「感性の多層構造」――つまり、三感覚連動型のハイパーファンタジアという、かなり珍しい脳の使い方らしい。
この世界の感じ方を、今日は少しだけ覗いてみてほしい。
音が鳴る心、見える音楽
私の脳内では、気づくと音楽が流れている。
たとえば静かな朝、外の風の音に合わせて、大好きなミセスグリーンアップルの「僕のこと」が自然に再生される。
あるいは、夕方の光の加減で米津玄師さんの「春雷」が鳴り出す。
でも、最近はもう実際に再生ボタンを押す必要がなくなった。
曲を“聴く”というより、“感じる”ようになったから。
これはどうやら、「心の耳」が発達している人に起こる現象らしい。
脳が、音を再生する装置そのものになっているのだ。
映像と感情が溶け合う脳内映画
聴覚だけでなく、視覚の世界も立体的だ。
小説を読むと、文字がそのまま映像になる。
カメラワーク、照明、空気の温度まで、全部が立ち上がる。
夢もいつもフルカラーで、時には“匂い”や“空気の温度”さえ伴う。
でも不思議なことに、そうした感覚のリアリティが強いほど、
車のナンバーとか、家具の形とか、そういう“細部”は覚えていない。
後で「そこ見なかったの?」と聞かれると、「見ていたはずなのに…」と首をかしげる。
たぶん私の感性は、世界を“データ”ではなく、“雰囲気”で受け取るタイプなのだ。
触覚の共鳴 ― ぬくもりから情報を読む
人と触れ合う時、私はよく目を閉じる。
視覚よりも触覚の方が、相手の“本音”が伝わってくる気がするからだ。
柔らかさ、温度、リズム。
その全てが「言葉」よりも多くのことを語ってくれる。
服もそう。
素材の好みを聞かれたら、迷わず「綿100%」。
体が安心できる素材が、心も安心させる。
触覚優位の人は着心地に敏感だというけれど、
私にとってそれは、ただの好みではなく「信号」だ。
触感=安心感=情報。
世界と身体の境界が、ほんの少し薄いのかもしれない。
ハイパーファンタジアという贈り物
調べてみると、この感覚の連動には名前がある。
ハイパーファンタジア(Hyperphantasia)。
さらに私のように複数感覚が同時に動く人は「マルチモーダル型」。
簡単に言うと――
• 聴覚:音を思い出すだけでなく、リアルに“聴こえる”
• 視覚:情景が“映画のように見える”
• 触覚:音や映像に“体感”が伴う
つまり、感覚がすべてリンクしている。
これが創作における「奥行き」や「温度」を生む。
音を描くように絵を描き、
空気の手触りを文字にする――
そんなことができるのは、この脳の構造のおかげだと思う。
でも時々、世界が眩しすぎる
この感性は、美しい世界を感じる力でもあるけど、
同時に「世界が眩しすぎる」瞬間もある。
音も光も、人の感情も、全部が一度に流れ込むから、
放っておくとエネルギーがすぐに飽和する。
だからこそ、私は“無音の時間”を大事にしている。
誰とも話さず、風の音を聴く。
それだけで、心がゆっくりリセットされるのを感じる。
そして今 ― 感性の静かな収束へ
たぶん、感性とは「持つもの」ではなく「響かせるもの」。
聴覚・視覚・触覚が全部同時に動くとき、
世界そのものが“ひとつの生き物”みたいに感じられる。
音が見えて、色が触れて、
その中に静けさがある。
それが、私という人間の世界の感じ方。
まとめ
• 感性は一人ひとり違うレイヤーを持っている
• 三感覚が同時に動くタイプは、創造力と共感力が強い
• ただしエネルギー消耗も激しいので、静けさが必要
• 「感じる力」は、才能ではなく“存在の形”そのもの
⸻
感性は、比べるものではなく、
生きる音色そのもの。
あなたの中にも、きっとあなたにしか聴こえない音がある。

元音楽教員。現在は「awabota」というコミュニティで、お金と自由な時間を同軸で作る仕組みを実践中。頑張ることをやめた方がお金がまわる。それを体感しています。
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